寛政の改革

日本史

寛政の改革(かんせいのかいかく)は、江戸時代中期、松平定信が老中在任期間中の1787年 – 1793年に主導して行われた幕政改革である。享保の改革、天保の改革と合わせて三大改革と称される。

寛政の改革 - Wikipedia

寛政の改革

  • 11代将軍の老中 松平定信の改革
  • ききんで荒れた農村の立て直し
  • わいろなど、商人との結びつきでゆるんだ政治の引き締め

荒れに荒れている状況で改革に乗り出しているけど、かなり荒れまくっている様相なので、うまくいき気がしない。だからといって引くわけにもいかないのでやるしかないんだろうけど、松平定信さん、きつかったろうな・・・

農村の立て直し

  • 囲い米:ききんに備えて米を蓄えさせる
  • 旧里帰農令:江戸に出稼ぎにきた農民を田舎に返そうとする

改革内容を初めてぐらいに触れているので、囲い米も旧理帰農令も初めて見知った言葉。要はちゃんと蓄えなさい、地元に帰りなさいって話なんだろうけど、日本人の備蓄意識はこのころから生まれたのかな?

そして、今の日本にも旧理帰農令が出たら面白いんじゃないだろうか?

政治の引き締め

  • 質素倹約をすすめる一方で、生活苦の旗本・御家人の借金を帳消しにする(棄損令)
  • 出版統制による風紀の取り締まり
  • 寛政異学の禁:聖堂学問所における朱子学以外の儒学の講義・研究を禁止

棄損令って言葉初めて知った。それって徳政令ちゃうん?何が違うん?とか思ったり。調べてみると、徳政令って、徳政=天皇の代替わりの時に発せられる命令のようなもので、その中に借金の帳消しが含まれていたというのが正しい理解らしい。知らなかった。

出版統制の取り締まりってのも、日本人が好きそう。そして、寛政異学の禁。状況や理由は違えど、今のこの日本も、なんとかの改革という言葉が出てきてもおかしくない時期なのでは?と思ったり。

結果

  • 改革が厳しすぎて6年で老中をクビになる

誰がやっても改革が難しい時期ってあるしね。厳しくするぐらいに大変な時期だったんだろうし、やらないよりいはやるほうがいいのは間違いないけど、努力は必ず報われるとは限らないって事かな…。手遅れになる前に着手することがほんと大切なんだね。

タイトルとURLをコピーしました