殖産興業

日本史

殖産興業(しょくさんこうぎょう)とは、明治政府が西洋諸国に対抗し、機械制工業、鉄道網整備、資本主義育成により国家の近代化を推進した諸政策を指す。

狭義では明治政府による新産業の育成政策を指す。国策であるから民営化は黒田清隆などに否定された。広義では、明治政府以外の各政府(江戸時代の各藩など)による新産業の育成政策も含める。殖産興業による好景気で「殖産興業景気」と呼ばれることがある。

殖産興業 - Wikipedia

殖産興業

近代産業の育成

  • 殖産興業:産業を発展させて経済力をつける。欧米の技術や機械を取り入れる。富岡製糸場などの官営模範工場を開設

経済を成長させたいけど、まだ産業革命が訪れていない日本は、海外から機械や技術を取り入れることで生産性を高めていったそう。産業革命が訪れていないという感覚がまだイマイチ自分には理解できていない。

貨幣・金融制度

  • 1871年 新貨条例。円・銭・厘の十進法
  • 1872年 国立銀行条例 渋沢栄一らの意見

貨幣制度、銀行などなど、金融の土台が生まれた時期で、渋沢栄一の登場の時期。経済が伸びるための土台が生まれたって感じ。

交通・通信

  • 鉄道
    • 1872年 新橋~横浜間が開通
    • 1889年 東海道線が全通
  • 電信
    • 1869年 東京~新横浜間に開通
  • 郵便
    • 1871年 郵便制度が開始、前島密の意見

1870年代初頭から、移動に関するもの、輸送に関するものが大きく発達した印象。

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