できない自分を認めると大きな実りが手に入る

良い人間関係を築くために。
「与えても良い」「求めても良い」と自分に言い聞かせる事である。

そんな事を前号まで書かせて頂きました。
心に許可を与えると、少しずつ少しずつ行動は変化していきます。

その動きを更に強化させるために「できない自分」への向き合い方を変えるという事について、書かせて頂きます。

できない自分を受け容れる「自己受容」

できない自分を受け容れるということ。

これを心理学で「自己受容」と言います。
できない自分をちゃんと自分自身が認めて受け容れている感覚を「自己受容感」と言います。

> 自己受容感を高める方法とポイント

自信を取り戻すためには先ずは自己受容感を高めることから取り掛かろうというスタイルの心理学の先生も居るぐらいです。

僕もその考えには賛成です。
僕たちは「できない自分を認めないこと」に恐ろしいほどのエネルギーを注いでいます。

その10%だけでも緩めることができれば、スッと力が抜けて楽になります。

できない自分を受け容れるということ。

僕たちは「期待」が好きです。

「こうあってほしい」とか「こうありたい」とか、そんな期待を消さないために頑張っている面ってあると思うのです。

期待しているぶん、”できない”と認めるのは辛いですよね?

例えば、歌手になって有名になりたい。
そうなるための努力を続け、歌手になる道を進む。

この時の「歌手になれるかもしれない」という期待があるからこそ、毎日を頑張れます。

でも、絶望的に音痴で、どうやら歌手になるのは難しいかもしれない。
そう認めざるを得ない現実が目の前にやってきた時に、それを受け容れる事ができるのか。

自分自身の全てを否定されたかのような感覚になります。
それでも「できない自分」を受け容れる事ができるのかどうか。

乗り越えるのは難しいと思います。
でも、人生の中には時々そんな局面が訪れます。

限界があるのは行動のほう。だって人間だもの。

「想い」と「行動」。
心と体と言い換えるほうが分かりやすいかもしれません。

この2つが一致している事を”うまくいく”と言いますし、一致しない事を”うまくいかない”と言います。

前者は幸せで、後者は不幸です。

例えば、お腹が空いたときにご飯を食べる。
これは想いと行動が一致していて、幸せです。

お腹が空いてもご飯が無い。
これは想いと行動が一致していなくて、不幸です。

思い描いた夢の通りに、今の自分は生きている。
最高に幸せですよね?

でも、そうならない事も当然あります。

そんな時に「夢をあきらめろ」と言うのは簡単です。
簡単だし、無責任でもあります。
次の夢を見つける手助けはしないのに、諦める事だけは手助けするのですからね。

「夢をあきらめろ」と言われたほうは、そう簡単に諦められません。
まだやり残したことがあるのでは?と思うものです。

夢を諦める必要はありません。
諦めるのは今のやり方です。

そのやり方で夢を叶えようとするのは諦めてくださいってことです。
これが自分を受け容れる事に繋がります。

限界を認めるから大きな成果が手に入ることもある

僕はこういうメルマガやらブログ記事を書いている時、楽しいんです。
では、こういう”書く”という表現方法がずっと好きだったのかというと、そうではありません。

作文を苦手と思った事はありませんが、文章を褒めてもらった事もありません。
いわゆる下手の横好きみたいなものです。

昔から変わらないのは、何かを伝える、何かを表現するのは楽しいという想いです。

自分の話したことで誰かが笑うと嬉しい。
だからもっと上手く話せるようになりたい。

そんな事を思春期の時はずっと思ってました。

そして、世の中にデジタルが浸透してメールやら何やらが普及して、文字で伝える事ができるようになったので、文字で表現してみようとしているのが今の自分です。

手法は時代に合わせて変わってきていますが、想いは変わってません。

好きなものは理屈抜きで好きだし、楽しい事は理屈抜きで楽しいんです。
想いはそう簡単に変えたりはできません。

ただ、手法は状況にあったものや個性にあったものがあります。

それを選ぶために、”できない”という現実が訪れます。

もし、です。
事故で半身不随になり、自分自身で何も表現ができなくなったとしたら、表現する方法はゼロになるのか。

ゼロにはなりません。
自分以外の人が、自分の想いを代わりに表現してくれるかもしれません。

ただ、自分以外の人にお願いする時には、自分はそれが”できない”と一度認めなくてはいけません。辛いのですが、認めることで次の一言を言えるようになります。

「自分にはできないから、代わりにお願いできないか?」

そう伝えられる自分になるために、”それができない自分”を認めなくてはいけない時期があります。

そして、できない事を認めて、他の人にお願いできたからこそ、より大きな成果に繋がる事があります。

例えば、江戸時代の飛脚。
飛脚に荷物の運搬をお願いする人は、自分よりも早く運べるからという理由でお願いしたはずです。

「自分も荷物を運べるぞ!」ってことで自分で運んでもいいですが、ものすごく時間がかかった・・・という結果になるかもしれません。

できない事を認める事は、決してダメな事でも後退でもありません。

大きく言えば”勇気の話”

若い時には気づかず、中年ぐらいになってから少しずつ気づく事の1つに、老いは勇気を試すというものがあります。

以前より能力が衰えてきたことを認める勇気だったり、見た目の魅力が落ちたことを認める勇気だったりと、とにかく勇気が必要です。

ただ、それを認める勇気を持った人には、その勇気に見合う恩恵を与えてくれるのが人生だと僕は思っています。

物質的な恩恵もあれば、人と人の繋がりを生むような恩恵もあります。

自分の事でいえば、こうしてメルマガを発行する事には少なからず勇気が必要です。

その勇気が、少なからず読んでくれる読者様と僕との間の関係性を育んでくれます。

このメルマガを書いてなかったら知りえる事がなかった、あなたと僕です。
きっと去年の今ごろは互いに存在すら知りえなかったはずです。

でも、勇気を少し出すことで、メルマガというツール越しとはいえ繋がりを生みました。

これは僕にとっての勇気の恩恵です。

人間ですから、できない事が必ずあります。
そのできない事を認めるには勇気が求められます。

そこで勇気を出せるのかどうか。

勇気を出してできないことを認めると、他の方法が見えてきます。
もっと上手くいく方法、もっと成果が上がる方法、新しい実りに繋がる方法。

それらが見えてきます。

そのために自分の限界、自分の弱点、自分の欠点を認めること。
それらを認めざるを得ないような出来事が、カタチを変えて次々に訪れます。

そこで自分の限界を認める勇気を持つ。
怖いけど、思い切ってジャンプしてみる。

それが新しい自分へと脱皮するための飛躍になります。

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