良い恰好しいには友達は居ないほうが好転しやすくなる

管理人ブログ

友達は要らない

とか言うと、孤独を愛するダンディズムみたいなものがあふれ出るような気がしていたのですが、まあ、厨二病ですよね。どうみても。

でも、あえて、僕は「友達は要らない」とか言っちゃおうかなと思ってます。

わかりますよ。
そんな事を言うと「友達は必要だ!」みたいな熱い反論が来る可能性があることも。

でも、人生経験が長くなると「友達は要らない」という言葉を薄っすらどことなくわかる部分もあったりしません?

その薄っすらの話をしたいと思ってます。
題して、「うっすら」です。なんかコンドームみたいで紛らわしいので却下します。

友達は要らないかもなって話をします。

特に、他人の顔色を必要以上に気にしてしまうあなたや俺のようなタイプの人間には、友達という存在はあまりプラスにならないことが多い気がするんですよね。

逆に言えば、友達という存在を自分の存在と切り離していくことができれば、自分の人生の濃度が上がる気もしますよ。

※記事内容は執筆時点(修正時点)のものですので、ご了承ください。

良い恰好しいには友達が居ないほうが良い理由

友達の存在って、ええ恰好しいにはプラスになっている場面が少ないな・・・って僕は思うんです。最近特に。

自分じゃない自分を演じなくていい

ええ恰好しいってのは要するに見栄っ張りです。

弱音を吐かずに、武士は食わねど高楊枝を座右の銘にしてそうな感じの人間性ですから、友達の前では完全に自分じゃない自分を演じてたりするんですよ。

金欠でも金欠のフリはしないとか、悩みがあっても平気な顔をしてるとか。

友達の中にある自分のキャラ的にそんなのは自分じゃないからみたいなので無理をして、その無理が後々祟ったりするんですよ。

だから友達は要らないんです。

自分を見つめ直せる

友達がどう思うのか、どう感じるのかが価値基準の大きなウェイトを占めていると、自分が本当に何をしたいのかがわからなくなったりします。

実はインドアな趣味が楽しいのに、アウトドアが好きで社交的な性格だと思われているから、積極的にそういう場に行くようにしてみたり。で、家に帰って、ドッと疲れが出たりして。

演技に体力を使いすぎてしんどいわ・・・ってなるのに、まーた友達の前で自分を演じるの繰り返し。

自分が本当に楽しいと感じるインドアな趣味に費やす時間が不足するので、本当の意味での充足感を味わえない日常が過ぎていく。これじゃ人生がつまらなくなります。

だから友達は要らないんです。

友達は必須と思うと友達は減りやすくなる

「友達は多いほうが良い」みたいな呪縛に縛られている人って結構いますよね。

あれって本当に悪い価値観だなって思います。
友達100人出来るかなみたいな歌があがりますが、100人もいたら多分マイナスが大きいぞ・・・と今は思ってしまいます。

結果的に知らないうちにたくさんの友達ができていたという話なら別ですが、友達が多いほうが良いので友達を増やそうということなら話は別で、そういう価値観でスタートさせると、友達という関係性にしがみついてしまうんです。

友達という数を維持するために自分を殺すという判断をするようになっていきますし、相手が友達だと思ってくれることを半ば強制するかのような思考にもなってきます。

友達ならこれぐらいしてくれて当たり前だよな・・・みたいな感覚の押し付けです。

そうなると逆に友達という関係性は破綻します。

(ここで「あるある」とか「わかる」とか思う人は、苦労されてきたんだと思います。)

友達が必要だと思うからこそ友達という関係性に固執し、その固執が友達の自由を阻害してしまい、結果的に友達関係が破綻するんです。

だから、友達は要らないのです。

友達は結果であって目的じゃない

何が言いたいのかっていいうと、友達という関係性は結果であって、目的じゃないってことです。

例えば、助けてもらったことがあるから、その恩返しで手助けをした。
すると相手もまた助けてくれた。

そのやり取りを経て友達と言える関係性になっているってことはあり得ます。

でも、友達を作るための手助けをしようっていうのは違うんじゃないかな?ってことです。
その発想で手助けをすると、相手が喜んでくれて友達になってくれなかったらガッカリすることになります。

だって、友達になってもらうための手助けなのですから。
ご褒美目当ての行動ですから、ご褒美がなかったらムッとしちゃいます。

でも、そのご褒美は自分が勝手に貰えると思い込んでいたもので、相手があげると約束したものではありませんから、貰えずにムッとするのは間違っているわけです。

関係性がゴール、関係性が目標になると、そういう間違いが起きてしまいます。

それは本末転倒です。

だから友達は要らないんです。必要だと思っているから、友達作りを目的にちしゃうんです。
友達は無理して作るものではありません。

無理して作らなくても、誰かのためって思って行動していると勝手にできているものです。

その誰かのために自分は何ができるのかとかを知るためにはまず自分を知ることが大切で、自分を知るためには一人の時間、一人の状態ってのが欠かせないんじゃないかな?と僕は思います。

だから・・・

友達は必要だ、友達は欠かせないという思いは捨てましょう。

友達が居なくてもすぐに死にはしませんよ。
食って寝てが出来ていれば生きていけるのです。

他人の顔色を窺いすぎて自分の人生を犠牲にするなんてバカらしいじゃないですか。
その犠牲を誰も知りませんし、その犠牲に応える義務もありませんしね。

だから、他人のために犠牲になるのは止めて、まずは自分を大切にしましょう。
自分がしたい事は何か、やりたくないことは何かを知り、それに沿って行動する。

その結果として、友達という存在が生まれてくることもあります。もちろん友達が出来ないこともあります。

それでも良いんです。
友達が人生に不可欠なわけではありませんから。

それにね。

自分が相手を友達だと思ってるから友達で、相手が自分をどう思っているのかは関係ないんです。

友達が自分を友達だと思ってないのなら、それはまだ相手は友達と思ってないけど、自分はもう友達だと思っている。

それだけです。

自分が相手をどう思うのかだけが大切なのですが、その線引きが難しい時は、友達は要らないと思ってみること。

そうして自分と他人の距離を少し取ってみて、自分の思いに敏感になることが大切なんじゃないかな?

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