結果は大切で重要だけど全てではない

管理人ブログ

結果は大切だけど全てではない

そんな事を良く思いますし、特に今この段階で結果に囚われすぎてしんどいあなたにそう伝えたい。

そんなことを最近よく思っています。

 

とはいえ、結果が大切じゃないってわけでもありません。

結果も大切かもしれませんが、それ以上に大切なのは意図や動機の部分だと思うんです。

意図や動機の部分が間違っていなければ、結果は伴わなくても必ず将来大きな実りにつながっていく。

そう思うのです。

 

動機や意図を大切にして行動し続ける。
これが出来た時に、望む結果も付いてくると思うんです。

※記事内容は執筆時点(修正時点)のものですので、ご了承ください。

結果が全てではないと思うんです

望む結果が何かは状況によって違ってくるとは思いますが、とはいえ結果も重要ですよね。

なのにそれを大切じゃないってするのは違和感があるとは思うんですが、それはこういう事を言いたいのです。

結果は自分だけでどうにかできる部分ばかりじゃない

結果に繋がる採点を出すのが他人である場合は、自分にはどうしようもできない部分があります。

例えば、恋愛。
告白をしてOKを貰えるかどうかは相手次第ですよね?

結果を出すのは自分じゃないと言える場面の一つです。

 

他にも入社試験や入試もそうですし、何かのコンテストもそうです。
他人が評価を下しますので、自分の意思だけではどうにもできない部分があります。

だから結果が全てと思いすぎるのは現実的ではないと思うんです。

結果が悪い=今まで全てが悪い?

悪い結果が出た場合、自分の努力や行いも悪かったのでしょうか?

入試を合格したくて試験勉強を頑張ったが、試験に落ちた。
これは試験勉強をしてきた自分の努力が甘かったためでしょうか?

 

もちろん、そういう見方が正しい時もありますが、試験に落ちた人すべてが努力不足とは限りません。当日体調が優れなかったのかもしれませんし、普段しないようなミスをしたかもしれません。

逆にカンニングをして合格したらそのカンニングが正当化されるのかというと、それも違いますよね。

結果が過程を全てジャッジするモノではありません。

結果が全て=自分を失う

一番ダメだと思うのが、結果が全てだと思いすぎて、自分を失くしていくということです。

結果が全てなのだから、少々の不正や良いだろうと思ったり、自分自身は辛くて仕方ないけど結果のためだからと自分を押し殺したりも正当化できます。

結果にすべてをささげることは僕は危険だと思っています。

結果よりも過程、過程の中の意図や動機が大切

結果も大切だけど、意図や動機が大切なんじゃないかな?思うんです。

そして、意図や動機が正しければ(正しいって表現はちょっと危険かな・・・)、結果はおのずといずれ付いてくると思うんです。

相手を思っているならOK

恋愛に置き換えるのが分かりやすいので恋愛を出しますが。

あの人の事を喜ばせたい、楽しませたいと思って行動をする。

それで喜んでくれたらOKだし、いまいち良い反応が得られなかったとしても、その想いは素敵ですよね。

結果がついてくればベストかもしれませんが、結果がついてこなくても、意図や動機が美しければ、その行為は美しいです。

だから、意図や動機が正しいのなら、もうそれで充分OKなのです。

 

そして、相手を喜ばせたいと思って行動を続けていると、それが伝わり、二人は結ばれるかもしれません。

逆にどれだけ良い反応が得られていても、その意図や動機は、相手を利用してやろう、奪ってやろうというものなら、いずれ相手はそれに気づき、去るかもしれません。

 

結果というのは、自分の行動の意図や動機の延長にあります。

意図や動機が正しければ、結果もおのずとそれに合ったものになると思うんです。

結果は運

結果って運の要素が大きいです。

あなたが思いやりを持って行動したとしても、それを感じ取れる感性が相手になければ伝わりません。

 

でも、これは運です。

相手にその感性が備わってないのはあなた責任じゃないし、相手の責任でもありません。

 

そして、誰かがどうにかできるものではありません。

人との出会いは運です。

だから、不運でたまたまあなたの想いが通じていないだけという事もありますし、たまたま幸運に恵まれてあなたを理解してくれる方に出会えているのかもしれません。

成功は思いやりの向こうにある

僕が最近特につよく思うのは、成功と呼ばれるものは思いやりが土台にあることが多いということです。

 

誰かのためを思って作った製品が大ヒットするということはよくあります。

有名なのが松下電器の二股ソケットです。創業者の松下幸之助さんがお母さんのために作った製品が松下電器の大ヒット商品となりました。

誰かの事を思って作ったという思いやりが成功の起点です。

 

また、継続は力なりと言いますが、継続する上での大きな動機となるのは思いやりだとも思います。

例えば玄関先を掃除するのは、近所の方たちが心地よく過ごしてほしいからという思いやりからの行動かもしれませんが、それを10年、20年と続けると、大きな感謝が集まり一目も二目もおかれる存在になります。

僕が尊敬している発信者の中には20年以上毎日メルマガ発行、ブログ更新をされている方がいますが、役立つ知識や情報、視点を与え続けるというミッションをもくもくと続けた結果、何十億ものお金をそのメルマガとブログを通して得られています。(全部無くなったそうですが・・・笑)

 

思いやりをもつことが行動の起点になったり、それを続ける動機になったりして、その継続が大きなギフトとして将来自分のもとにやってくるのはよくある話です。

これが欲望から始めた動機なら、なかなかそこまで続けることはできないと思うのです。

良い評価を得ようと掃除を始めたところで、1年やそこらではあまり評価を得られないかもしれませんが、評価が欲しくて始めたことを、1年も何の評価も得られるずに続けられるのかというと、難しいと思います。

 

成功と呼ばれるものは、思いやりが初めにあるのだと思います。

つまり・・・

結果は大切ですし、重要ですが、全てではないと思います。

ベストを尽くしても結果が付いてこないこともありますし、ベストを尽くさなくても結果がついてくることがあります。

結果には運の要素も多分にありますから、結果ですべてを評価することはできません。

 

むしろ、結果を出すための行動の動機や意図の部分が重要で、その部分が間違っていなければいずれ望む結果は得られると思います。

世の理とまで言うと大げさかもしれませんが、でも、世の中で成功と呼ばれるものを紐解けば、そこには思いやりのような愛情が起点になっている行動があります。

 

それを信じて行動し、結果が大切ではあっても、結果で自分のすべてを評価しない事。

そんな姿勢が大切なんじゃないかな?と思います。

まとめ

 

あなたの中にある”思いやり”を信じること
それができるのかどうかが重要です

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