自己完結型の幸せを見つけて繰り返すことも大切だと思う

自分磨き

楽しくない。

完全に楽しくないわけではなく、どこか毎日楽しくない。
楽しい時間があってもすぐにその時間が終わりそう。

そんな感覚を覚えることが以前からよくあって、今もそういうことはよくあるんだが、それに対する自分なりの答えと言いますか、こういうことが出来るようになることが解決の道なんだろうなというものはうっすらと分かっていました。

それが出来るようになることが、自分が楽しいと思える毎日を送ることになりますし、人間関係も改善すると思います。

逆に言えば、毎日を楽しく送るためのコツのようなものを身につけないままでいることで、毎日がつまらなくなり、人間関係は悪化していくんだろうな・・・とも思うのです。

では、何ができるようになることが大切なのかと言いますと、それは”自己完結させる”ということです。

砕いて言えば、自分が楽しいと思うための条件に”他者”を入れないことです。

それが出来るようになると、毎日が少しずつ楽しくなると思います。
楽しくないな・・・・と思う人は、そこに他者の存在が関与しすぎているのかもしれません。

※記事内容は執筆時点(修正時点)のものですので、ご了承ください。

自己完結型の幸せを見つけることが大切だと思う理由

楽しいを自分で作ること、作れると知ることが大切

毎日を楽しいと思うための一番簡単な方法は、「実は今この瞬間は楽しいんだ」、「実は幸せなんだ」と認識を変えることです。

病気になった時に健康だったころのありがたみを痛感するものですが、健康だった時には、それをありがたいとは思っていません。健康を当たり前だと思っていて、なんなら少し軽んじている部分もあります。

健康という状態への認識の違い一つで、どう感じるのか変わります。

だから、幸せとか楽しいという感覚を味わうには、自分の認識の仕方を変えることが一番簡単で手っ取り早いと言えますし、それぐらいに主観的なものだとも言えます。

「楽しくない」と感じるのは、「楽しい」と感じるための条件が難しいのでは?ということです。

他者の存在が原因で楽しめたり楽しめなくなる率直な理由

楽しいと感じるための条件が難易度が高く、厳しいモノになっているとしたら。
僕はそこに他者という存在が深く関与しすぎなのだとも思うのです。

100人中100人に好かれたい。

こう思う人はいるとは思うのですが、現実として、価値観がバラバラな人間100人に好かれるのは難しいし、おそらく不可能です。

でも、100人中100人に好かれることを一つの基準としてしまっていると、100人中99人に好かれるだけではダメで、1人に嫌われている・・・と悲しくなったりもします。

100人中99人に好かれているなんて奇跡だろ!と思うものですが、その人からすれば、1人に好かれていない事実が苦しく悲しいのです。

だからその1人を自分に振り向かせよう、好かれようと頑張るのです。

そこに労力を使うよりも、100人に好かれなくてはいけないという条件を捨てるほうが現実的だし、確実に幸せを感じやすくなります。

自分の幸せを感じるための条件に他人が関与すればするほど、どんどんハードルは上がっていきます。

自分以外の誰かが幸せを感じるための条件に含まれていると、幸せを感じるのはすごく難しくなります。

でも、そうしている人は多いと思うし、幸せを感じにくくなっている人は、そういうタイプの人なんじゃないかな?とも思います。

自己完結の幸せを自分で作ることが基点

幸せを感じるために欠かせないのは、幸せを自己完結的に作れることだと思っています。

そして、自分で幸せを作れる人が集まることで、それはより大きなものになるんじゃないかな?とも思っています。

逆に言えば、自分で幸せを作れない人は他人の存在に依存したり、束縛したりしなければいけなくなります。他人に文句を言われないことが幸せだとか、他人が注意をしてきたら、不愉快で不幸だとか。

そういった自分の気分が他人に左右されるタイプの人は、常に他人の顔いろを見ているし、他人の顔色は千差万別多種多様なので振り回されっぱなしで安定しないので自分の心も安定しない不安定さの中にいることになります。

他人の顔色や機嫌を自分の幸せの条件にいれる他者完結型は、自分自身を幸せにはしてくれません。

幸せは、自分の行動によって自分が幸せを感じられるという自己完結型が基本だからです。

例えば、自分は読書をしている時間が幸せだと思うとします。
読書をするしない、何をどの程度読むのかなどは全て自分で決められるので、自己完結型です。

読書の時間が多く取れる人生は楽しい人生、幸せな人生と呼べると思います。

その延長で、読んで面白かった本を紹介して感謝されたり、また、これいいよとオススメされた本を読んで知見が広がったりの幸せが連鎖する現象が起きるのだと思うのです。

今を楽しめる人になると人間関係はよくなる

自己完結型の幸せを自分で作る。

その幸せが基点となって、新しい人間関係が生まれ、その人間関係の繋がりの中で、新しい幸せが訪れたりするんじゃないかな?と思います。

まずは自己完結型で、自分なりに幸せを感じることを見つけ、それを続ける。
1つ見つかれば、さらに1つ、もう1つ・・・と増やしていく。

これだけでOKなんです。

その幸せを感じる何かが、新しい人間関係を生んでくれて、その人間関係を経て新しい幸せが訪れることがありますが、それはあくまで副産物や利子のようなもの。

人間関係が生まれなくても、人間関係を経て新しい幸せが訪れなくても、自分で自分を幸せにできれば、それでOKってなってきます。

また、逆の立場から見ると、幸せそうにしている人、楽しそうにしている人、他人に対して必要以上に干渉したり批判しない人のほうが一緒に居てラクチンですよね。

批判的で、コントロールしようとしてくる人の方が一緒に居たくないですよね。

自己完結型の幸せを追求している人のほうが結果的にいい人間関係に恵まれることになるんじゃないかな?と思いますし、後者のようなタイプの人は、自己完結型の幸せを持っていないから、他者をコントロールしなくてはいけないんだと思います。

他者がAという状態にあるときに自分の気持ちは安定する。
でも、Bという状態や、Cの状態なので否定したり批判したりするし、それでもAにならないから、強めに相手を変えようとする。

他者完結型の幸せ基準を持っている人の心の中ではそういうことが起きているんだと思います。

自己完結型の幸せを見つけることから始める

そのような事からまずは自己完結型の幸せを見つけて、それを日々淡々と続けること。
それが幸せの種だし、育っていくほどに豊かな実りをつけてくれると思います。

他人の顔色や評価を自分の幸せの基準にしていると気づいたら、そこを一度停止する。

他人の顔色や評価が基準になると、自分の気持ちに安寧が訪れることは一生なくなるし、一生他人を批評して、批判して、制御しようとする道を選ぶことになります。その労力の割には、幸せを感じられる時間はすくないはずです。

だから、まずは自己完結型の幸せを積み上げることを決意する。

そんな小さな決意が、大きな幸せに繋がっていくんじゃないかなと思います。

ちなみに、僕がブログ記事を書いている理由の中には、自分が楽しいから、書き終えた時の達成感が好きだからというものが成分としてはかなり多く含まれていますので、ブログ更新は自己完結型の幸せの行動だったりします。

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