お金の存在意義から稼ぐ流れを変えていく

お金

お金というツールは本当に色々な顔を持っているな・・・と思います。

使う人の想いがそれぞれであるからこそなのだとは思いますが、そんなお金の存在意義とは何なのか。

そこを自分なりに整理する事で、お金と言う存在に迷わされる機会は少なくなるのではないだろうか・・・?と思うのです。

では、お金の存在意義とは何か。
お金は欲望を肯定するためのツールなのではないのか。

今日現在の僕はそう思っています。

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欲望とお金の関係性

お金の流れを知るために、お金についてあれこれ考えてみる。

それでもお金って簡単には答えが出せない不思議な存在だな・・・と思います。

そんなお金の存在意義を「欲望の肯定」だと仮定すると、お金が持つメッセージのようなものが見えやすいな・・・とふと思ったのです。

お金を稼ぐにしても、お金を使うにしても、欲望の実現のためでしかないからです。

欲望のためにお金を使う

お金を使う時、その背景にある思いは「自分の欲を満たしたい」という一言に尽きるのではないでしょうか?

例えば、食事。
食欲という欲を満たすという事が土台にあり、プラスアルファとして、それがデートなら「モテたい」という欲を満たすという動機も含まれるかと思います。

お金を使う時には、なんらかの欲を満たすという意図がそこには必ず含まれています。

欲望を満たしたからお金を得る

お金を稼ぐという行為。
そのために仕事をするというのが最も多い稼ぐ手段だと思いますが、なぜお金を稼ぐ事が出来ているのか。

仕事をしたからというのはごもっともですが、なぜ仕事をするとお金を得る事ができるのか。

ずーっと遡っていくと、それは誰かの欲望を満たしたからという部分に行きつくのではないだろうか?

食欲を満たしたい方のために食事を提供する。
食事を提供して欲望を満たした事の対価として、お金を得る。

仕事をして稼ぐというのは、誰かの欲望を満たした対価であるという表現ができます。

誰かの欲望を満たした事によって、お金を得る事ができています。

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お金を欲望を”肯定する”ツールと考える理由

僕の中で、「お金は欲望である」という表現ではなくて、お金は「欲望の肯定」であるという表現をしているのには、もう1つの理由があるためです。

欲望を否定する事がお金を遠ざける事になるためです。
欲望を肯定しないと、お金を得る事ができません。

ここがとっても大切なポイントで、お金に恵まれてない人は、どこかで欲望を否定している部分があるのではないだろうか・・・と思うのです。

(僕も含めて、です)

金銭欲を肯定するという例え

お金は欲望を満たした事によって得られ、欲望を満たすために使われます。
お金とは欲望なのだと言ってもいいかもしれません。

では、その欲望を自分自身はどこまで肯定できているのか、です。

例えば、僕は未だに抵抗があるのが「お金のため」という言葉です。

お金を得るために仕事をする。
お金が欲しいという動機があって、そのために仕事をする事には何の矛盾も問題もないはずです。でも、どこかシックリこない。

そのため、僕はお金のために仕事をしている自分では居たくないと思っていて、それは収入の多い少ないで仕事を選ばないという事にもなります。

お金は欲しいと思っています。欲望として明確に持っています。

でも、どこかでお金が欲しいという欲望を否定しているから、お金のために仕事をするという選択肢を取りにくい自分がいます。

つまり、お金を遠ざける選択をしてしまうという事です。

性欲を肯定するという例え

お金を得る事だけが欲望ではありませんよね。

例えば、性欲。
人間があまり表に出したくない欲望ではありますが、誰しもが持っている欲望です。

その性欲を満たすための職業があります。
でも、性欲そのものを肯定的に捉えている人は多くはありませんので、どこか日陰の職業というニュアンスがあるかと思います。

誰もが性欲があり、その処理に困っている人が居る。
その人の欲望を満たす事で対価を得る。

性欲という欲望を肯定すれば、お金を得る事ができます。

でも性欲を気嫌いしていると、どうしてもその選択肢は除外する事になると思うのです。

欲望を肯定する事によって、はじめてお金を得る事ができるようになると思うのです。

許せる欲望しか手伝えない

自分の欲を自分で満たしても、それはお金にはなりません。
当たり前のことですがこれはとても大切な事だと思うのです。

その欲望を満たしてもらうためにお金を支払ったり、欲望を満たしてあげた事によってお金を得たりします。

お金とは欲望を満たすためにあります。

そして、自分の欲を自分で満たしても、そこにお金は発生しません。
自分以外の誰かの欲望を満たす事で、はじめてお金が発生します。

これは何が言いたいのかというと、自分の中にある欲望にどれだけ素直になれるのかがカギになるよって事なんです。

もし、自分の中にある性欲に否定的な感情を持っているとしたら、性欲を持っている人を見た時に、どこかイヤな気持ちになるはずです。

ましてや、誰かの性欲を満たすための手伝いをしよう!なんて、思いにくいはずです。

「楽をしたい」という欲望を否定する気持ちが自分の中にあるのなら、やはり同じく、楽をしたいという欲望を持つ誰かを否定したくなります。

自分の中にある欲望に対して、どれだけ肯定的になれるのかどうか。
肯定的になれればなれるほど、他人の欲望にも肯定的になれ、肯定的になれるからこそ、実現のお手伝いができ、だからお金が入ってきます。

そういう意味でも、欲望の肯定がカギを握っていると思うのです。

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お金は自分の欲望の鏡でもある

お金とは何かという答えは未だにこれだ!という答えがつかめないと言いますか、経験したり学んだりすると、考え方も感じ方も変わっていきます。

正解はないのかもしれないとした上で、現時点では「欲望の肯定」がお金なのだと僕は思っています。

欲しいと思っている何かを実現する事ができるツールであり、欲しいと思っている何かを実現してあげる事で得られるツールでもあります。

人間に欲望があるからこそお金は存在し続ける事ができているのだと思います。

ただ、欲望があればお金を得る事ができるのかというと、それはまた別問題で、欲望に対して肯定的になれればなれるほど、お金が自分の元へとやってくる流れが増えると思っています。

色々な欲望が人間にはありますが、その中で、自分が認められない欲望があると、その欲望を持つ人を避けたくなります。

性欲を嫌うと、性欲を持つ人を嫌ってしまいます。

自分が認められる欲望の範囲でしか、他者の欲望を受け容れる事ができなくなりますので、いかに欲望を肯定できるのかという事がカギになる。

そういう事も踏まえて、お金は欲望を肯定するツールなのだと思うのです。

最後に注釈的に書くと、お金を欲望の肯定ツールと定義だから、欲望に任せてお金を使っても良いのか?とか違う角度の疑問があると思います。

欲望を肯定する事と、それをお金を使って満たす事はまた別物だと僕は考えています。

食欲を満たすために、コンビニで食料を買ってきてもいいし、自給自足で食料を得てもいいはずです。

食欲の満たし方はいろいろあります。
欲望を肯定する事は、常にお金でそれを解消しろって意味ではないですよって事を最後に書き加えて終わりたいと思います。

欲望を肯定して、素直になる。
つまりは、お金は自分次第って事なんだろうな・・・って思います。