父親が嫌いという気持ちの下にある好きという思い

家族

父親に対して今まで嫌いだと思っていた。
でも、ジックリと自分に向き合ってみると好きなのかもしれないな・・・と思う自分もいる。

そう思うに至った理由メモ。

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父親が嫌いという想いの下にある本音の部分

無関心ではない

嫌いと思っている自分がいるのは、少なからず無関心ではないということ。
関心がある人物である事には変わりがない。

好きの反対が無関心というが、実際は、関心のある人物に対して色付けをしているだけだという解釈のほうが心の状態としては近いと思う。

好きだったけど嫌いとして落ち着かせた

もともとは好きな人だったけど、別居した事によって好きという気持ちで居るのがつらくなった。

だから、嫌いと思い込ませて、好きという気持ちに蓋をしたのかもしれない。

母親のマネをした

父親の事を嫌っている母親の事をどこかでマネをしようとしたのかもしれない。

一緒に暮らしている肉親でありため、自分が生きていくためには母親の味方で居るほうが良いという計算が働いたのか、自分も父親を嫌いになろうとしたのかもしれない。

ただ、母親も自分と同じように、嫌いと思わないとやってられなかったのかもしれない。

そう思えば、父親は当人が思っている以上に愛されていたんじゃないかな・・・。

言葉と行動の不一致

父親が入院していると言う一方を聞いて25年ぶりに会う事になった。

「今更なんの連絡だ?」と父親に言いに行くためだと自分に言い聞かせていたが、その程度のことなら、電話一本で済む話。

会いに行ったという行動を起こした自分は、深層心理では実は会いたかったのかもしれない。

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父親が嫌いなら1つも好きが見つからないはず

父親を好きだったと認める事にはまだ抵抗があるが、多分好きだったんだろうな・・・と思うような事実が自分の中でいくつも見つかる。

本当に嫌いな人ならこれほどまでも見つかるのだろうか・・・と不思議に思う。

今はもう亡くなって会えない人になってしまったので、気づくのが少し遅かったかな・・・と思うけども、嫌いだと言い聞かせて生きていくよりはマシかもしれない。