自分次第と言われたとしてもスルーしても良い理由

自分次第だ。
この言葉がなんとなく嫌いなのは僕だけではないはずです。

あなたも「自分次第だ」って言葉に、どこか責められているような感覚を覚えた事があるのではないでしょうか?

「自分次第」って言葉って、100%正義だから言い返せない何かがありますよね。

そして、「自分次第」だと言われた時に、よしなんとかしよう!と思うよりも、絶望感や無力感のようなものを感じてしまう事ってありませんか?

「どうしろってんだよ」みたいな。

だからこそ僕は思うんです。
自分を変える方法は学んだおいたほうがいいよって。

自分次第って言葉を言われてもスルーしていい理由

色々な事が、つきつめると自分次第って事になります。
いかなる場面で合っても、そこでどう反応するのかは自分次第なのですから。

ただ、自分次第って言葉を本当の意味として使っていくのなら、こうも思うんです。

最低限、自分を変える方法を学んでいる事が前提ではないかな?と。

自分を変える方法を知らないのに、自分次第って言葉はかなり酷じゃないか?と。
ぜんぜん自分”次第”じゃないですよ。

自分で自分を変える事ができるなんて思ってもないし、自分を変える事ができるかもしれないと情報として持ってはいるかもしれません。

でも、変える方法を知らないのなら、自分”次第”じゃないですよね。

何が言いたいのかっていうと、こういうことです。

「習ってない」ことを実践することはできません。

簡単な足し算、引き算であっても、まだ習ってない人はできません。

習ってない事は実践できません。

では、自分を変える方法をどこかで体系立てて習ったでしょうか?
実践して変えた事があるでしょうか?

体験として、結果的に自分を変える事ができたという事もあります。

例えば富士山に登頂したら、登り切った体験が自信となり本人の生活に少なからず影響を与えます。

結果として自分を変える事にはなるけど、意図的に自分を変えるためにはどうすればいいのか・・・を知っているのかといえば、大抵の人は知りません。

知っていても、実践していないものです。
そういうものなんです。

自分を変える方法を習ってないのだから実践できなくて普通です。

「自分次第」を他人を変えるために使った時点で意味がなくなっている

自分次第だという言葉。
これを戒め的に自分の中に持っているのなら良いと思うんです。

自分次第なんだから、どんどん自分をより良くしていくぞ!という精神や思考は、とてもいい事だと思います。

ただ、それを相手を変えるために使った途端に、矛盾してしまうんです。

相手を変えることで自分のストレスを減らそうとするというのは選択肢としてあまり良い選択肢ではないのに、その人はそれを選んでいるのです。

自分次第という言葉は、相手をコントロールするために使った途端に矛盾してしまうのですが、それでも平気で「自分次第だよ」って言う人がいます。

そのような事から、「自分次第」って言葉を他人に対して向けるという行為を僕はあまり好みません。

自分次第は他人に向けて使う言葉じゃない

正しい文脈で言うとするなら、「こういう時にどうすればいいですか?」と言ったような質問をされた時の答えとして「自分次第だよ」と答えるのは良いと思います。

そのケース以外に、「自分次第」という言葉を相手に向けるのは、あまり良い意味を持ちません。

ましてや、「自分次第」と言われても、自分を変えるにはどうすればいいのか・・・の部分については、多くの人が知識としてもスキルとしても持っていません。

そのため、その言葉に直面した人が結構どんよりとしたどん底感の残る言葉でもありますので、使い道としても注意が必要な言葉だと僕は思っています。

「自分次第だよ」というよりも、「自分次第という考え方もあるよ」などと、オブラートに包むだけで印象が変わりますので。

・・・と、少し話を戻しまして。

自分次第と他人に言われた場合、基本的に気にしなくてもいいです。
言っている本人が、自分次第って言葉を本当の意味で理解してませんから。

加えて、自分次第と言われても「じゃあどうすればいいの?」の部分を持ち合わせている人がほとんどいません。

自分次第という言葉は、どれだけ正しくても、言われた人にとってはたいていの場合は救いにはならないのです。

だから自分次第と言われてもスルーしても良いんです。

そこを突き詰めて深く考えるよりも、その状況でどのな行動があるのかという選択肢を数えてみるほうがずっと効果的です。

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