「そんな人が一人ぐらい居てもいい」という考え方も自分を許すコツ

自分磨き

自分を責める。

そんなことをついつい無意識にやってしまっているので、それを止めたい。
でも、どうすればい・・・と思う時に、「責めないようにする」と自分に禁止を命ずることが多いと思う。

でも、多分それは上手くいかない。
なぜなら、脳は禁止が理解できないから、責めないと言われても、責めようとしてしまうのが脳みそ。

だから、他のアプローチをすることが大切なんだけど、ではどうすればい・・・・というのがわからなくて困ることになると思う。

そんな時に役立つかもしれないのが「そんな人が一人ぐらい居てもいい」という考え方。

100%これで解決とまではいいませんが、自分を責めることを少し止めるぐらいの効果は期待できると思っている。

※記事内容は執筆時点(修正時点)のものですので、ご了承ください。

「そんな人が一人ぐらい居てもいい」という考え方をオススメする理由

「そんな人が一人ぐらいいてもいい」

そう思うようになると、自分自身に対してやさしくできるようになります。
いきなり優しくはなれなくても、少なくとも、少し気持ちは楽になります。

なぜそうなるのかってことを説明します。

他の人と同じじゃなければいけないという先入観

自分自身を責める時。
その多くは、他の人と自分が違うことを実感した時だと思うのです。

他の人はこうなのに、なぜ自分はこうなのだ?

そんな自問自答から始まり、他の人と同じじゃないから自分を責める。
それではダメだと。

他の人と同じじゃなければいけないという強迫観念のようなものを感じて自分を責めてしまうのかもしれないが、そこで「そうじゃない人が一人ぐらい居てもいい」と自分に言ってあげる。

そうすると心が少し緩むのを実感できるはずです。

理由は後からいくらでも見つけられる

「そうじゃない人が一人ぐらいいてもいい」と自分に伝えてあげると、自分の脳はこう尋ねてくるはずです。

「それはなぜ?」と。
理由を欲しがるんです。

実際に今のあなたも理由を求めているはずです。
それが正常な反応だと思います。

でも、理由はありません。
理由はないというか、理由を自分で考えてみることにこそ価値があります。

なぜ一人ぐらいいてもいいのか。

例えば・・・

  • 「全員が同じなら、不要な人が必ず出てくる。少しずつ違うから、すべての人に役目や役割がある。」
  • 「一人ぐらいちがっていても受け入れる社会だ」

みたいな理由が僕の場合は思い浮かびますが、そこに根拠はなくてもOKです。

なぜなら自分を責める理由も、根拠はないからです。
「他の人と同じじゃなければいけない」という指針だけが先にあり、その理由を後から埋めたにすぎないからです。

少数がダメとは限らない

民主主義の日本ですから、物事を決める時には多数派であることが重要になります。

いわゆる多数決です。
民主主義の根幹である選挙も多数決ですしね。

だから”多数派イコール正しい”という価値観を持ちやすいという背景なのですが、多数派が正しいとは限りません。

多数派はただの多数派でしかなくて、多数派を優先しているほうが国家運営がラクチンになるから多数派を優先しているのです。

多数派が常に正しいわけではない根拠として、今の多数派は過去の少数派だという事実があります。
例えば、携帯電話を持っている人は少数派でしたが、今は多数派です。

多数派が正しくて少数派が間違っているのなら、今多くの人がスマホを持っている理由を説明できません。

だから、少数だからダメとは限りません。
ただ単に少数なだけです。

「そんな人が一人ぐらいいてもいい」って考え方は、その延長にあります。

多数派じゃなければダメなわけではなくて、たまたまそれに関しては少数派側にいるだけのことです。

つまり・・・

「そんな人が一人ぐらいいてもいい」と思うことができれば、自分が周囲と違っていてもいっかと感じられる量が増えてきます。

自分が違っていることが辛いと感じたり、寂しいと感じることはあるかもしれませんが、だからといって、周囲と違うことがダメってことではありません。

違う部分があってもいいし、そういう人が一人ぐらいいてもいいです。

色が一色しかなければ、絵を描けません。
色々な色があるから、カラフルで色鮮やかな絵が描けるのです。

あなたがあなたの色を失くした瞬間に、世界は色を一つ失うことになります。
個性的な色であればあるほど、その色を再現することは難しいのです。

だから、あなたが周囲と違うときは、それを尊重してもいいぐらいですよ。

「そんな人が一人ぐらいいてもいい」と自分に何度も伝えてあげましょう。

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