生きるための糧を得るためにフードデリバリー配達員という仕事をしている。
いわゆる世の中的には底辺と呼ばれる仕事。でも、その仕事をしないと生きていけないし、母親の施設の費用もなんとかしないといけないということで、ほぼ毎日ヒーヒー言いながら働いている。
そんな底辺と呼ばれる仕事をしていると色々とわかる事がある。
その一つが、底辺と呼ばれる仕事をしている人への態度。これは本当に勉強になる。
イヤな客と良いお客様に教えてもらう日々
イヤなお客様は一定数居る
感覚的には7割ぐらいの人は何も思ってないんだろうな…って感じで、2割ぐらいは親切に丁寧に対応してくださる。
残り1割が結構強くあたってくるイメージ。1割も居ないかな…でもゼロではない。
例えば、到着前に「まだか?おい」と電話してくることもあるし、「釣り?いらん」と言って手の甲であっち行けシッシというそぶりをする人も居る。
これは、フードデリバリー配達員が底辺と呼ばれているからなのか、それとも誰に対してもそうなのか、僕個人が何か嫌なことをしたせいなのかはわからない。
わからないけど、1つ思うのが、自分が上司や恋人の親だとしたら、その態度はしないよね?ってこと。
要は相手を多少は見てからやってるよね?そう思えてならない。
相手によって過度に対応を変えるダサさ
底辺職と呼ばれる仕事をしていて、底辺だからという理由で相手がその態度なのかどうかわからないし、丁寧な対応をしてもらわなくてもそれほど気にはならない。
そして、イヤな気分になったとしても、案外受け流せている自分が居る。
その受け流すときに思っているのは「相手を見てこういう事をしたり言ったりしているのなら、この人は大したことが無いな…」という言葉を自分の中で自然と言ってしまっている。
そういう事を言っている自分も嫌な奴かもしれないが、でも、それは偽らざる本音ではある。
相手がどんな職業なのかで態度を変える、もしくは、相手が誰であろうが横柄だったり上から目線の対応をするのは、人としてとても格好が悪いよね…という価値観が自分の中では強くなってきている。
良いお客様がお手本を示してくれている
そう思えるようになったのは、とても丁寧な対応をしてくださるお客様も居ることを知れたからということがある。
お客様の中にはとても丁寧に、笑顔で接してくださる方がいる。本当にここちよく、嬉しい気持ちでいっぱいになる。
自分たちのような、世間一般には底辺と呼ばれるような仕事をしている人間に対して、そういう対応をしてくださるというのは、より一層嬉しいというか、この人は本当にできた人だな…と感動すら覚える。
そういう人に触れると、人は相手が誰であろうが、どういう接し方をしたのかによってその後は別物になるよねということを心底教えてもらえている気がする。
だから…
言葉にするのは難しいというか、角が立ちそうな気がして悩ましいのですが、誤解を恐れずに言うと、こう思っています。
- 偉そうに振る舞う人ほど偉く見えないし、丁寧に対応してくださる人ほどひとかどの人物に見える
つまり、偉そうに接する人より、誰に対しても丁寧な人のほうが立派に見えます。
思えば、僕が以前いきつけで言っていたバーの方が、コンビニの店員、出入り業者さんにもお客さんと接するかのように丁寧にされていた。
その方は「お客様になるかもしれないし、実際にオフの時にはお客様ということもあるからね」と言っていたが、その商魂以上に、誰に対してでも平等に丁寧に接する姿勢がすごいな…と感じたことがある。
そして、今なら当時の自分が持っていた間違った思い込みに少し気付ける気がする。
「本来丁寧にしなくても良い相手にも丁寧にするのはなぜだろう?」
こんなことを思っていたが、これが大きな間違い。丁寧にしなくても良い相手なんていない。
僕が底辺と呼ばれる仕事についたことによって、その思い込みに縛られていたことに、そして、誰にでも丁寧に接する気持ちが常識なんだよという当たり前に気づかせてもらえた気がしている。
僕がその気持ちを持ち合わせていないから、人から大切にされにくく、助けてくれる人の乏しい人生になっているのかもしれないな…と今さらながら反省していたりもする。
そういう事を学ばせてもらった今の仕事、そして、お客様には感謝です。どうも、ありがとう。
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