感謝をする、応援する。これを記録することを少しだけ意識的に続けている。
特に何か変化が起きたわけでもなく、ただただ今はその行動を重ねながら思う事、感じることを積み上げていく段階なんだと思っている。
ただ、約一週間ほどやってみて思うことがあるにはある。
それは”何もなく感謝するのは難しい”ことと、”相手に感謝されるにはメリットを提供するしかないよね”ってこと。
感謝を感じる力の個人差
意識的に”感謝をする”のは結構難しい
意識的に感謝をする。簡単なようで、結構難しい。
ものの本や記事などを見る限り、次のような事を意識すると良いらしい。
- メリットがあったこと
- 存在していること
- 森羅万象に
どんどん抽象度を上げると良いよみたいなことが書かれているが、正直今の自分はそんな高みには行ける気がしない。森羅万象、存在そのものに感謝なんて嘘くさいと思っている自分が居る。
メリットが無ければ感謝って難しいよねって思っているし、感謝をしようと思うことでそこにあるメリットを見る目が養えるのかな?と思っているので、今はこれで多分良いんだろうね…と思っている。
感謝レベルが高い人はどの程度居るのだろう?
今の自分はまだまだ感謝レベルが低い。それは分かっている。ただ、感謝レベルが高い人ってどの程度いるのだろうか?とも思う。
森羅万象、存在そのもの、逆境やネガティブにも感謝できるような感謝の達人のような人は、本当に存在しているのだろうか?
何事も、レベルが上がるほど対象者は減るはずなので、感謝の達人が居たとしても少ないかもしれない。
だとするなら、誰かに感謝をされるというのは、シンプルだけど、ちょっと狙ってやらなくちゃいけないな…なんて思うし、逆に、狙って感謝されにいく術が上手いってだけの人を良い人だ~と感謝しているだけなのかな?なんてことも思ったりする。
メリットを感じれた相手だからいい人とは限らないよね…
例えば、学校の先生で自分を成長させてくれた先生だから感謝をする、担任に感謝をする、これはわかる。でも、他の先生にも感謝すべきポイントは絶対にあるし、あっていいはず。
自分にメリットを感じる何かが無かったからといって、感謝できないという結論にはならないはず。
逆に嫌いだった先生が、今思えばいい先生だったかもな…ってのもあるし。
その時のメリットだけで感謝すべきかどうかを判断しがちだけど実はその瞬間のメリットだけではわからないこともある。
この事実が結構大切だとも思う。
少し見方を変えると、誰かに感謝をされたいなら、分かりやすくて、目先の利益となることをしたほうが良い。後からよくよく考えると…みたいな好意は感謝されないまま終わる可能性がある。
良い人と思われたいなら、あざとくてもわかりやすいメリットを提供するほうが良いのかもしれない。
つまり…
感謝力を高めようとして感謝をする意識を持ったことによって、自分はメリットがなければ感謝できないことを知った。
でも、これは多くの人が同じなのではないか?
同じだとするなら、感謝をされるためにわざとらしい親切やメリットを提供するほうが良いのかな?なんてことも思う。
後々に響く良い事なんか言わなくても良いんじゃないかな?なんて思いはじめている。
優しさとは?感謝とは?とか思うし、思えば、わざとらしいぐらい優しくしている人のほうが、「良い人」と言われたりして人生良い感じになっている気がしないでもない。
自分自身の感謝感応力を高めることは大切かもしれないが、他人にもこれを求めるのは違う。他人はきっと、メリットに感謝するだけの人というのが多数なので、感謝を得たいならわかりやすいメリットだけを提供すれば良いって事か…
なんてことを思っている。
周囲に良い人と思われたい、気になる人に気に入られたい、こういったことはわかりやすいメリットを提供すればいいんだろうな…なんてことを思ったりするし、多分、ど真ん中の正解とまではいかなくても、わりかい人間関係の正解なんじゃないかな?と思う。
例えば、褒めると誰でもうれしいし、褒め上手な人は好かれやすい。これってわかりやすいメリットの提示だよね…なんて思ったりするしね。
そんなことを思う。
だから、他人にはわかりやすいメリットどんどん提示していこう!
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